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芭蕉が5ヶ月滞在した山梨県都留市

20200122080305932.jpg山梨県都留市から眺めた富士山
Date:2020-01-22(Wed)

山梨県都留市は、芭蕉が5ヶ月滞在したところ。温泉「芭蕉 月街ちの湯」と田原の滝を訪れ、最後は道の駅「つる」で地酒と野菜を買って自炊。辛口の熱燗はうまい。

昼は都留市の勝山城(山城)を訪れた。ここは武田信玄とも関係の深い小山田氏が築城したとも言われ、東海道と中山道そして江戸(多摩)をつなぐ要衝。また、この地には芭蕉も数ヶ月、滞在して多くの俳句を残している。

天気もよく富士の絶景と城下町散策はどことなく落ち着く風景。

朝はリニア館も訪れた。東京ー大阪間67分、7000万人の1時間の都市圏が近未来に形成されると、地方はどうなるのか、技術の素晴らしさと同時に不安も感じる。

ところで1万年以上続いたとされる縄文時代、日本列島に住んでいた先祖たちはどのようなことを考えていたのだろうか。謎を解く手掛かりとなるのは、全国の遺跡から発掘された土偶だ。

多くは女性や妊婦を表現しているとされ、福島市の上岡遺跡から出土した国重要文化財の通称「しゃがむ土偶」も女性像と考えられている。腕を組んで膝を立ててしゃがむ姿は、出産あるいは祭りでの祈りのポーズ―という二つの説が有力となっている。

リニア館を訪れて思ったのは縄文の精神的豊かさがどこかで失われているように感じる。

2020.01.21 | | 日記



怠け者

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Date:2020-02-21Tue)

昨日、山梨県のほったらかし温泉に来ている。標高約700メートルから、富士山と山並みを眺めながらの露天風呂、そして湯上りの名物カレーとほうとう、怠け者に徹している。

ところで安倍晋三政権の看板政策「地方創生」は、2020年度から第2期が始まる。人口減少や少子高齢化によって地方の環境は厳しさが増すばかりで、5年間の第1期戦略で定めた目標は大きく見直された。昨年12月に決定した新施策にも手詰まり感が漂い、効果は見通せない。

15年度を初年度とする地方創生は、最重要課題として20年中の東京一極集中の是正を掲げた。政府は、政府機関や企業の地方移転、東京23区の大学の定員抑制、移住先での起業支援など、さまざまな打開策を展開して地方創生を推進した。ただ、その成果は極めて限定的にとどまり、東京圏への人口流入はむしろ加速している。

東京圏の転入超過は18年に約14万人となり、前年から約1万4千人も増加。20年中に均衡を果たすという目標の達成は絶望的となった。このため、20~24年度の第2期の取り組みをまとめた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、是正時期を24年度に先送りせざるを得なかった。

私と同列にするのはおかしいがこの事に関してはいまは、怠け者になっているのでは⁉️

2020.01.21 | | 日記



明智城址

Date:2020-01-20(Mon)

昨日、岐阜県可児市にある明智城址を訪問。明智光秀生誕の地として今日から始まる大河に合わせて地元の力の入れよう。

明智城そのものは1556年に斎藤義龍に攻められ落城しそれ以来、跡地のままで土塁等の遺構は確認できませんが城の天守跡に立つと明智荘の豊かな田園風景が想できる。

夜の大河ドラマもなかなか面白い。今後が楽しみだ。202001200627544d9.jpg

2020.01.20 | | 日記



明智光秀の出身地

20200119060244030.jpg明智城址(岐阜県)
Date:2020-01-19(Sun)

今日から大河ドラマが始まる。下調べではないが結構、現地を訪れた。戦国武将の中で明智光秀はミステリアスさが抜き出る。もっとも、そう印象付けるのは世にいう「本能寺の変」に関する謎が深いためだ。主君織田信長を討った動機がはっきりせず、さまざまな俗説にまみれる。

昨年末から今年、光秀ゆかりの京都と滋賀そして福井を訪れた。今年のNHK大河ドラマの主人公とあって盛り上がり機運が漂う。地元新聞では地域活性化につなげようとする住民の姿が紹介されていた。

通説の出身地は岐阜・美濃国とされるが、滋賀県多賀町にも出自の言い伝えが残るという。

信長に仕えるまでの経歴が分かる史料はほぼ残っていない。一方で、本人の書状は家臣の負傷や病気を気遣うものが目立つという。

そんな律義な性格があだとなったかもしれない。本能寺の動機として近年有力視されるのが、信長による土佐の長宗我部元親への仕打ちだ。四国の領土を巡って元親との約束を一方的にほごにし、仲介役の光秀も面目をつぶされたとされる。義憤に駆られてもおかしくはない。

歴史の評価は不変ではない。初回は今日。さてどう描かれていくか。

2020.01.19 | | 日記



防災とボランティアの日

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Date:2020-01-18(Sat)

昨日は神戸の六甲道の神戸大学学生青年センターを訪れた。阪神淡路大震災25年、鎮魂の願いをこめて神戸大学メディア研が写真展を行っていた。

正午には神戸港の船が一斉に汽笛を鳴らして鎮魂の祈り。ポートターミナルで聴いた。ズシーンとすると汽笛に思わず心がうごめいた。震災当時の映像が脳裏に浮かんだ。

「防災の日」(9月1日)のほかに、もう一つの記念日。昨日ははその「防災とボランティアの日」。

前者は首都に壊滅的な被害をもたらした1923年9月1日の関東大震災を教訓にしようと。後者は95年1月17日に起きた阪神大震災にちなむ。きょうで発生から25年。

阪神大震災は死者6千人を超え、大都市を直撃した地震としては戦後最悪。政府や行政の対応が遅れる一方、全国から支援のボランティアが駆け付けた。その数は97年末までの推計で延べ180万人。私もその一人だった。

阪神大震災をきっかけにボランティアへの認識が高まり、この年は「日本のボランティア元年」と呼ばれる。被災地を支援したいという善意の連帯は、2011年の東日本大震災にも受け継がれた。

課題として被災地支援に行きたいけれど費用負担が重い、との声も多い。既にある民間団体の補助に加え、兵庫県は助成制度をスタートさせた。被災者を支援する人を支援する-重なり合う支え合いの輪が、災害絶えないこの国には必要だ。

2020.01.18 | | 日記



阪神淡路大震災25年

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Date:2020-01-17(Fri)

いま、日本は災害列島になっている。作家の故小松左京さんがSF小説『日本沈没』の執筆を始めたのが1964年。東京五輪の年で新幹線が開通、高層ビルができた。大丈夫かなと思ったのが書く動機だったと、阪神大震災のルポ『小松左京の大震災’95』につづっている。当時、本と映画は大ヒットだった。

『日本沈没』では大地震を想定し高速道路の崩壊を描いた。専門家からは「高速道が傾くわけはない」と批判されたが、震災では高速道の崩壊が現実に。小松さんはテレビを見て吐き気がしたという。高速道路の崩壊は衝撃だった。その後の東日本大震災も衝撃だった。

阪神大震災から今日17日で25年。大切な人を失った人、怖い思い、つらい思い、寂しい思いをした人がいる。遺族は「風化が進み、忘れられてしまうことが悲しい」と語る。東北にはその痛みが分かる人が大勢いるはず。教訓と悲しみを心に刻みたい。

2020.01.17 | | 日記



25年前の神戸

Date:2020-01-16(Thr)

25年前の当日、敦賀にいてドーンと突き上げる衝撃、震度4、近くが震源かと思いきや、1995年1月17日の未明、淡路島北部沖の明石海峡を震源としてマグニチュード7.3の巨大地震が発生した。

近畿圏の広域が大きな被害を受け、犠牲となられた方々のうち死者は6,435名・負傷者は43,792名を数え、戦後の地震災害としては東日本大震災に次ぐ規模の激甚災害となった。

記録によると、地震発生当日に死亡した5,000名を超える方々の8割近くが地震発生から1時間以内に死亡。9割が圧迫死だったそうで、早朝の発生ということもあり自宅での就寝中、特に建物の1階で圧死した方が多かった。

震災発生直後には最大時30万を超える加入電話(固定電話)に障害が発生。特に神戸には局所的な被害が集中し通信手段や交通網も寸断されてしまったため、被災情報を発信することができなくなってしまった。このことも、当時の政権の初動対応の遅れにつながったとされている。街なかで大きく傾いた柏井ビルや倒壊した阪神高速道路の映像を覚えている。

5日あと、阪神甲子園口から自転車を借りて3時間かけて三ノ宮に入った。真っ暗な商店街と言うより、廃墟のビル街、あの光景は忘れられない❗


2020.01.16 | | 日記



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プロフィール

furaibo

Name : furaibo
【経歴】
1952年 四国高松市生まれ
1976年 神戸商船大学卒
1976年 日本原子力発電勤務
1999年 敦賀市議会議員5期20年
2019年 フリー
【家族】
妻、息子2人、孫3人

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