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美浜町気山にピザ屋の復活

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Date:2019-12-21(Sat)

美浜町気山に本格石窯焼ピザの店「Woody papa(ウッディーパパ)」がオープン。昔の柿やの娘さん夫婦での再開。敦賀の駅前のピザやさんをやめて静岡へ行っていたが、3歳の息子さんを連れてのリターン。

駅前の店によく行ってだけに再会に感激した。ご夫婦は元ディズニーランドのダンサーで店にはディズニーグッズが並ぶ。アットホームな居心地のいいお店だ。昼から国吉城、年縞博物館とゆっくりと雨の日を楽しんだ❗

ところで気に入らないと、食事中でも構わずちゃぶ台をひっくり返す。NHK連続テレビ小説「スカーレット」で、ヒロインの父親が見せる粗野な振る舞いは頑固おやじの理不尽さを際立たせる。

物事が仕上がる頃になって横やりを入れて振り出しに戻す。ちゃぶ台返しは、力のある者の横暴な行為を指す。しかし、時にはこんな荒業が必要な場合もあるのかもしれない。

スカーレットでは、ヒロインの話に父親が少しは耳を貸すようになって、穏やかなシーンが増えた気がする。ちゃぶ台や頑固親父や、今は失われつつある風景だ。美浜町気山にあったステーキ屋さんが新たにピザ屋さんへ。懐かしさの復活は嬉しい。

2019.12.20 | | 日記



ゆっくりと歩いて楽しむ旅行客

20191220014400a05.jpg神戸ー高松ジャンボフェリー
Date:2019-12-20(Fri)

年の瀬が押し迫ってきた。昨日は敦賀市の観光ボランティアで午後3時間ほどを過ごした。敦賀駅から気比神宮、鉄道資料館、人道の港ムゼウム、そして敦賀駅と歩いてのボランティアはゆっくりと時間が流れる。

仕事をリタイアしたご夫婦で明日は金沢観光とか。こういった観光客も増えている。その都度、観光ボランティアを予約する方も増えている。

いま、いつの間にやら時間が過ぎ、慌てて帰省や旅行の便を予約した人も多いだろう。 

神戸で過ごした学生時代、帰省はもっぱら船だった。当時は1日5便が今は2便となった航路だが、神戸を出ると高松に5時間ほどで着いた。時間はかかるが安く、寝室のほか食堂、浴場も備わり、ゆっくりくつろげた。 
 
お盆や正月は満員で寝る場所が見つからず、食堂のテーブルで時間をつぶしていると、同じ境遇の客同士が自然と打ち解けたものだ。お酒を酌み交わしたり、食事をおごられたり。単なる移動にとどまらない、船ならではの旅情があった。

残念ながら、船便が徐々に姿を消している。岡山県の宇野港と高松市の高松港を結ぶ「宇高航路」が16日から休止となった。本州と四国をつなぐ主要交通として親しまれたが、瀬戸大橋の開通で利用者が減り続け、109年の歴史に幕を下ろした。船内ではうどんが名物で、最終日には別れを惜しむ行列ができたという。

高知県でも、大分県との間のフェリー航路が昨秋休止された。航路は地域の生活や物流、観光を支えるだけでなく、南海トラフ地震など災害時の交通手段としても重要であり、相次ぐ休止に寂ししい。

ひたすらスピードや利便性を追い求め、丁寧な暮らしや心の余裕が社会から失われつつある昨今。船便の苦戦はその反映でもあるように思う。

一方でダイヤモンドプリンセスの豪華客船による寄港も来年は4回、敦賀に寄港する。潮風に吹かれ、ゆったりとした時間を取り戻す旅に出るのもいい。

2019.12.20 | | 日記



忘年会スルー

201912190628045ea.jpg敦賀のミライエ
Date:2019-12-19(Thr)

昨日は敦賀市の社会教育委員の会に参加。来年の3月に向けて、家庭教育指針やハンドブックをまとめている。発行されれば福井県内はじめてのものとなる。夜は金ヶ崎緑地のミライエに出かけた。25日まで残り一週間となって訪れる人も多い。運営委員会も交代でカンパに立っている。昨日は市役所のメンバーで知った顔ぶればかりで懐かしい。

ところで忘年会もいまが真っ最中ではないか。夜の街をそぞろ歩くグループの姿を目にする。たまったストレスを発散して大いに羽目を外す向きもあろうが、総じて最近の忘年会は軽くスマートになった気がする。

大手時計メーカーが、働く男女400人を対象に行った調査にもその傾向が見て取れる。仕事がらみの忘年会は「1回が適当」が52%。不要という人が36%を占めた。時間は2次会まで含めて2時間以内が適当と考える人が6割を占めており“時短志向”が顕著だ。

この年末、ネット上では「忘年会スルー」という言葉が飛び交っている。参加に消極的な人たちが、費用は会社持ちで残業扱いにしてほしい…といった本音で盛り上がっている。

職場の宴会は嫌だが、1年の区切りはつけたいという人のために「ソロ忘年会」を企画した店もテレビで報じられていた。個室で一人飲食し、乾杯やゲームなどの余興は店員が相手をしてくれる。職場上司の自慢話を交えた武勇伝や、説教も徐々に変わり始めている。

とにかく飲みたいだけの忘年会はいまも盛んだが、どうなるか、夜の街の元気には忘年会スルーは厳しいことは確かだ。

2019.12.18 | | 日記



宇高連絡船と瀬戸大橋

20191217175743ced.jpg宇高連絡船(列車を運ぶことができた)

Date:2019-12-10初8(Wed)

現場に行って納得することが多い。戦国時代もそれ以前も琵琶湖は流通の大動脈だった。安土から坂本まで手中に納めた信長が天下統一の足掛かりと経済力をもったことにもなった。秀吉も大谷吉継を敦賀に配置した。

海路は大きな重い荷物も運べる。効率も海上輸送に変わるものはない。

話は近代になるが貨車を船に載せて運ぶことができた。鉄道同士を結ぶことから「連絡船」と呼ぶのだ。

半世紀も前、紫雲丸の沈没という大事故があった。修学旅行の児童も含め168人が犠牲になった。その大惨事の遺族には、どんな思いが去来していることだろう。紫雲丸の事故をきっかけに瀬戸大橋が架かり、本州と四国は地続きになった。

そうして宇高(うこう)航路は細り続け、とうとう109年の歴史を先日16日、閉じた。2階建ての瀬戸大橋にはレールが敷かれ、鉄路としても大動脈に。それでも高松港のレールは今なお、モニュメントとして残してある。

幕を閉じた宇高航路は私にとって忘れがたい思い出が数多く残っている。

2019.12.18 | | 日記



北朝鮮帰還事業の第1船が出航から60年

20191217000109554.jpg堅田の浮御堂
Date:2019-12-17(Mon)

昨日は京都から戻り住んでいる近くの堅田を散策した。堅田は11世紀ころ琵琶湖で一番狭い箇所(琵琶湖大橋付近)で通行税を取って潤い、大阪の堺と同じような自治自由都市が誕生していた。堺もそうだが活気ある都市は繁栄する。経済がまわっていない国は人が集まらないし暗い世界となる。それが今の北朝鮮だ。

福井県敦賀市に北朝鮮の船が最後に入って10年以上の月日が流れている。右翼の騒音と家族の別れと異様な出港風景だった。

一方、在日朝鮮人らの北朝鮮帰還事業の第1船が出航したのは60年前の先日15日だ。

事業は中断を経て1984年まで続いた。日本人配偶者らを含む約9万3千人が海を渡った。記録写真集「最後の別れ」を開くと、希望を胸に、笑顔で船に乗り込む人々の姿が並ぶ。

当時、北朝鮮は「地上の楽園」と宣伝された。その後、かの地へ渡った人々の過酷な現実が伝わってきた。渡航後、消息不明になった人も数知れない。

善意が無意味だったはずはない。ただ、悲劇に手を貸してしまったと今も悔やむ人がいる。私たちの足元から始まった苦難を胸に刻まねば。

2019.12.17 | | 日記



嵐山、湯豆腐と熱燗が似合う。

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Date:2019-12-16(Sun)

夜の京都は寒い。この時期の嵐山は渡月橋や花灯籠の竹林と幻想的な演出が見られるにで出かけた。ただ、寒いのか客足は少ない。それでも穏やかな夕空で美しい。

ところで「心をつかむには、まず胃袋から」は恋愛に限ったことわざではない。観光地でも、いまやグルメは重要なポイントだ。

嵐山とこの寒さ、湯豆腐と熱燗が似合うと言うより、じわりじわりしむる。



 

2019.12.14 | | 日記



愛車カリブの廃車と忠臣蔵

2019121411162717a.jpg愛車カリブ
Date:2019-12-14(Sat日、愛車カリブを廃車にした。21年間、35万キロ走りに走りに走った愛車だ。さすがに別れるのはつらい。どこかに空虚感が漂っている。北は北海道から南は九州まで、衆参の選挙と自分の選挙と使うだけ使った、愛車だ。燃費も落ちなかった、酷使するだけ酷使した、傷だらけでもそのままにした。

ところで今日は忠臣蔵の日。『決算 忠臣蔵』を読んでいる。691両、現代の価値で8292万円。このお金が赤穂義士の吉良上野介邸討ち入りの軍資金として活用された。

プロジェクトの成否を握るのは周到な計画に基づく資金管理であることは今も昔も変わりはない。浅野内匠頭の切腹から討ち入りまでの期間は1年9カ月だ。長引くほどに費用がかさむ。旧藩士たちの生活費、打ち合わせのための江戸-上方の交通費、江戸のアジト維持費、武器の購入費…。

大石内蔵助が残した「金銀請払(うけはらい)帳」に使途と額が記されている。どんなプロジェクトも家庭生活も金で成り立つ。

冒頭に戻すが愛車カリブも21年間、使い続けたことで、経済的だったことは確かだ。

2019.12.14 | | 日記



祭りと政治

2019121302214174e.jpg祇園祭
Date:2019-12-13(Fri)

最近は歴史の勉強とその舞台になった場所を訪れる機会が多くなった。というよりは多くしている。例えば『明智光秀』。本屋に書籍も多いから下調べも確実にできる。それに私の住む大津は坂本が近い。負けたとはいえ、その足跡は十二分にたどれる。何もない坂本城跡に行けば、水城で琵琶湖の水運の要衝に坂本城があったと、それなりにわかるから面白い。

がらりと話を変えるが、日本三大祭りといえば京都の祇園祭、大阪の天神祭、東京の神田祭が一般的。しかし、日本の歴史文化に影響を与えた点では17日を中心に奈良で営まれる「春日若宮おん祭」も注目したい。

平安時代末から続く春日大社の摂社若宮社の例祭。能楽の前身・猿楽や田楽をはじめ、国の重要無形民俗文化財にも指定を受けた数々の神事芸能が奉納される。

藤原摂関家が始め興福寺衆徒(僧兵)が行ったが、朝廷の力が弱まると武士たちが主催者となった。さらに、神仏分離で興福寺が衰退した明治以降は、市民たちが祭りを支え今に至る。

こうした流れは日本史とそのまま重なる。おん祭は芸能文化だけでなく、政治とも深い関係がある。

2019.12.13 | | 日記



祭りと政治

Date:2019-12-13(Fri)

最近は歴史の勉強とその舞台になった場所を訪れる機会が多くなった。というよりは多くしている。というのも例えば『明智光秀』。本屋に書籍も多いから下調べも確実にできる。それに私の住む大津は坂本が近い。負けたとはいえ、その足跡は十二分にたどれる。坂本城跡に行けば、それなりにわかるから面白い。

がらりと話を変えるが、日本三大祭りといえば京都の祇園祭、大阪の天神祭、東京の神田祭が一般的。しかし、日本の歴史文化に影響を与えた点では17日を中心に奈良で営まれる「春日若宮おん祭」も注目したい。

平安時代末から続く春日大社の摂社若宮社の例祭。能楽の前身・猿楽や田楽をはじめ、国の重要無形民俗文化財にも指定を受けた数々の神事芸能が奉納される。

藤原摂関家が始め興福寺衆徒(僧兵)が行ったが、朝廷の力が弱まると「大和士(やまとざむらい)」と呼ばれる武士たちが主催者となった。さらに、神仏分離で興福寺が衰退した明治以降は、市民たちが祭りを支えた。

こうした流れは日本史とそのまま重なる。おん祭は芸能文化だけでなく、政治とも深い関係が深い。

2019.12.13 | | 日記



バブルの教訓

20191212061654570.jpg
Date2019-12-12(Thr)

バブルはいまも後遺症が残っているが教訓は忘れてしまったようにも思える。

公的資金で数々の公共の宿が生まれた。巨額赤字や天下り、民業圧迫が問題になり整理されている。国が旗を振ったリゾート開発はさんざんだった。夕張市もバブルの犠牲でもある。人口は10分の1。地方都市の人口減少も激しい。北陸新幹線に伴う財政赤字で富山県高岡市も苦しんでいる。

財政投融資を活用し全国50カ所程度に豪華なホテルを造る、と意気込んだ菅義偉官房長官だ。お金持ちの外国人客を招くという。こっれてどこかバブルの時代の話の再現のように思える。

「理屈は後から貨車で来る」。相場の動きはいくらでも説明が付くという兜町の格言だ。今では理解しがたいバブル時代の異常な高騰も当時はそれなりの理由付けがされた。

山手線の内側の地価で米国全土が買えるといわれ、ジャパンマネーがマンハッタンを買いあさった頃である。本業の利益に比べ途方もなく高い株価も、もっともらしく説明された。東京湾岸に土地を持つ企業はウオーターフロント銘柄ともてはやされた。

インフレがひどくならない限り財政赤字は問題がなく、際限なく国債発行できる―との米国発の学説がある。子や孫への付け回しも気にしなくていいというのだから巨額の借金があっての赤字国債。

少子高齢化と借金どうなるのか。かつての日本勢いはもうない。

2019.12.12 | | 日記



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プロフィール

furaibo

Name : furaibo
【経歴】
1952年 四国高松市生まれ
1976年 神戸商船大学卒
1976年 日本原子力発電勤務
1999年 敦賀市議会議員5期20年
2019年 フリー
【家族】
妻、息子2人、孫3人

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