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祭りと政治

2019121302214174e.jpg祇園祭
Date:2019-12-13(Fri)

最近は歴史の勉強とその舞台になった場所を訪れる機会が多くなった。というよりは多くしている。例えば『明智光秀』。本屋に書籍も多いから下調べも確実にできる。それに私の住む大津は坂本が近い。負けたとはいえ、その足跡は十二分にたどれる。何もない坂本城跡に行けば、水城で琵琶湖の水運の要衝に坂本城があったと、それなりにわかるから面白い。

がらりと話を変えるが、日本三大祭りといえば京都の祇園祭、大阪の天神祭、東京の神田祭が一般的。しかし、日本の歴史文化に影響を与えた点では17日を中心に奈良で営まれる「春日若宮おん祭」も注目したい。

平安時代末から続く春日大社の摂社若宮社の例祭。能楽の前身・猿楽や田楽をはじめ、国の重要無形民俗文化財にも指定を受けた数々の神事芸能が奉納される。

藤原摂関家が始め興福寺衆徒(僧兵)が行ったが、朝廷の力が弱まると武士たちが主催者となった。さらに、神仏分離で興福寺が衰退した明治以降は、市民たちが祭りを支え今に至る。

こうした流れは日本史とそのまま重なる。おん祭は芸能文化だけでなく、政治とも深い関係がある。

2019.12.13 | | 日記



祭りと政治

Date:2019-12-13(Fri)

最近は歴史の勉強とその舞台になった場所を訪れる機会が多くなった。というよりは多くしている。というのも例えば『明智光秀』。本屋に書籍も多いから下調べも確実にできる。それに私の住む大津は坂本が近い。負けたとはいえ、その足跡は十二分にたどれる。坂本城跡に行けば、それなりにわかるから面白い。

がらりと話を変えるが、日本三大祭りといえば京都の祇園祭、大阪の天神祭、東京の神田祭が一般的。しかし、日本の歴史文化に影響を与えた点では17日を中心に奈良で営まれる「春日若宮おん祭」も注目したい。

平安時代末から続く春日大社の摂社若宮社の例祭。能楽の前身・猿楽や田楽をはじめ、国の重要無形民俗文化財にも指定を受けた数々の神事芸能が奉納される。

藤原摂関家が始め興福寺衆徒(僧兵)が行ったが、朝廷の力が弱まると「大和士(やまとざむらい)」と呼ばれる武士たちが主催者となった。さらに、神仏分離で興福寺が衰退した明治以降は、市民たちが祭りを支えた。

こうした流れは日本史とそのまま重なる。おん祭は芸能文化だけでなく、政治とも深い関係が深い。

2019.12.13 | | 日記



バブルの教訓

20191212061654570.jpg
Date2019-12-12(Thr)

バブルはいまも後遺症が残っているが教訓は忘れてしまったようにも思える。

公的資金で数々の公共の宿が生まれた。巨額赤字や天下り、民業圧迫が問題になり整理されている。国が旗を振ったリゾート開発はさんざんだった。夕張市もバブルの犠牲でもある。人口は10分の1。地方都市の人口減少も激しい。北陸新幹線に伴う財政赤字で富山県高岡市も苦しんでいる。

財政投融資を活用し全国50カ所程度に豪華なホテルを造る、と意気込んだ菅義偉官房長官だ。お金持ちの外国人客を招くという。こっれてどこかバブルの時代の話の再現のように思える。

「理屈は後から貨車で来る」。相場の動きはいくらでも説明が付くという兜町の格言だ。今では理解しがたいバブル時代の異常な高騰も当時はそれなりの理由付けがされた。

山手線の内側の地価で米国全土が買えるといわれ、ジャパンマネーがマンハッタンを買いあさった頃である。本業の利益に比べ途方もなく高い株価も、もっともらしく説明された。東京湾岸に土地を持つ企業はウオーターフロント銘柄ともてはやされた。

インフレがひどくならない限り財政赤字は問題がなく、際限なく国債発行できる―との米国発の学説がある。子や孫への付け回しも気にしなくていいというのだから巨額の借金があっての赤字国債。

少子高齢化と借金どうなるのか。かつての日本勢いはもうない。

2019.12.12 | | 日記



風来坊と道楽

20191210180651d71.jpg琵琶湖の夕暮れ
Date:2019-12-11(Wed)

仕事を終えて半年と少しが過ぎた。まずは「風来坊」。これは実践できている。風来坊とは「どこからともなくやって来る人。また、身元が知れず、一つ所にとどまらない人。風来人。風来者」と辞書にある。わたしは「一つ所にとどまらない人」はかなり実践できた。北は青森、南は鹿児島佐多岬と。

もうひとつ、ひそかに思っていたのが「道楽」。言葉の意味は「自分の生活の中に仕事とは別に熱中できる趣味にふけり、それを楽しむこと」とある。
ところがイメージが、悪い。酒、色ごと、博打などの遊興にふけることに通じる。

マイナスのイメージで、「道楽」には、「酒道楽」、「女道楽」、「ばくち道楽」など、本人の品位を損ね、自堕落になったり、他人に迷惑をかけたり、家庭環境を破綻させたりするおそれのあるものも含まれる。

趣味への熱中度が甚だしいがために自分の職業に支障をきたすようになってしまったり生活が自堕落になるものも多く存在しており、そういった者は「道楽者」や「道楽息子」などと呼ばれることがある。「道楽じじい」では様にならない。金もかかる。

その中で江戸の道楽には「三大道楽」と呼ばれるものがあったといい、園芸道楽、釣り道楽、文芸道楽が挙げられる[。園芸道楽は、初期はツバキとキクであったが、それにツツジ、アサガオ、ランが加わったという。

大名たちなどは競い合うようにして庭園造りに熱中し、庭石や樹木が集められた。釣り道楽としては、ほんの軽いものであれば、中川に船を浮かべて、女衆とキスを釣ったとも。洒落でもないがイメージが、悪い。文芸道楽では、俳諧、和歌、紀行文等々各ジャンルがあるが、奥が深く、さまざまな文人を生みだした。また、道楽というのは学問に極まるという。道楽は隠居してからが特に本格的になったという。

道楽は「道を楽しむ」ならいいが、「どー(道)らく(落ちる)」の落ち込んでは困る。これまでボランティアで介護ボランティアをしたり、災害ボランティアをしたり、海洋少年団もその一つだ。庭のバラにも女房とともに興味を持った。

風来坊と道楽三昧は、資金と余裕があれば両立できるが、それほど資金があるわけでない。ある達人にご教授をいただくと『「ささやかな道楽』を心がけなさい』と。ささやかな道楽とは、まだまだだ。

2019.12.11 | | 日記



交通利便性による過疎化とMaaS(マース、モビリティー・アズ・ア・サービス)

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Date:2019-12-10(Tue)

大半の地方都市の人口減少がとまらない。少子化もあるが、そのひとつの原因が交通機関の利便性と学校、病院など公共インフラとも言われる。私の住む大津市内も色分けすると交通機関が便利なところに人が集まり不便なところは過疎化が進んでいる。

北海道は札幌以外極端に人口が減っている。
夕張市などの炭鉱に代わる産業がないだけでなく、移動手段が鉄道以外、マイカーだけでは高齢者にはきつく、働く世代や学生、生徒にも移動手段の不便さがあるという。

そんななかで、スマートフォンのアプリを使って複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせ、検索・予約・決済などを一括して行う「MaaS(マース、モビリティー・アズ・ア・サービス)」が注目されている。

フィンランドの企業が2016年に実用化させ、欧米を中心に広がっている。日本でも国土交通省が新サービスに対応するため、7月にモビリティサービス推進課を新設。日本版マースの実現に取り組んでいる。

全国どこでもマイカーに頼らず鉄道やバス、タクシーなどのデータを連携して移動できる世界を目指しているが、魔法のつえではない。特に過疎化が進む地方は難しい。

地域ごとの課題を認識した上で、まずは公共交通の利便性を向上させることが必要であることは確かだ。中小都市は極めて困難だ。

マースは過疎化など社会的課題を解決し、新たなビジネスを生み出す可能性を秘めている。宇都宮など、県庁所在地などの中規模の都市では導入に向けた動きが出始めている。移動革命は確実に進んでいる。

ただ、小都市は産業の衰退、交通機関の利便性確保となど、あらゆる要素が絡まって過疎化が進むことは確かだ。

2019.12.10 | | 日記



明智光秀が築いた幻の城

201912090639259df.jpg大津のパンフ

Date:2019-12-09(Mon)

京都は寒い。盆地のせいか一層寒さがきつい。終日、過ごすと徐々に慣れてくるから不思議だ。今朝は久しぶりで大津市に戻った。

今日の話題として滋賀県には忘れ去られた城が多い。戦国時代の重要な城でありながら、時の流れの中で忘れさられた城がある。滋賀県大津市坂本の坂本城は、そんな城の代表と言えるのではないだろうか。NHKで大河で取り上げられるせいか、訪れる方も多い。

今も昔も比叡山延暦寺や日吉大社の門前町として栄えたこの地域に、なぜ城が築かれたのか。

坂本といえば石積みの門前町。比叡山延暦寺や日吉大社と石垣職人を生んだ穴太衆の町だ。JR比叡山坂本駅の北隣に「坂本石積みの郷公園」がある。

JR比叡山坂本駅から南東方向、地元の人たちが湖(うみ)と呼ぶ琵琶湖の湖畔に坂本城跡がある。比叡山焼き討ちの後、叡山の監視を目的に織田信長が明智光秀に命じて築かせた。

翌年には、天守をもつ本丸と二ノ丸、三ノ丸を構える城がほぼ完成。短期間での築城に驚くが、その理由は城跡を歩けば推察できる。今日はここまで。

琵琶湖周辺には城巡り、遺跡巡りに事欠かない。

2019.12.09 | | 日記



最後の宇高航路、さよならの季節が近づいている。

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Date:2019-12-08(Sun)

さよならの季節が近づいている。玉野市・宇野港と高松港を結ぶ宇高航路である。さかのぼれば宇高連絡船の誕生からおよそ110年。唯一残るフェリーが16日から運航を休止する。忘れられないのが、船上で食べたうどんだ。

一年ほど前、久しぶりに乗った際も求めた。穏やかな海や島影を眺めながらすすると、冬、玉野の日立造船に実習で過ごした3ヶ月、40年も昔だが楽しい思い出が戻ってきた。

その頃から赤字続きでいつか廃止される航路という認識も広がっていた。別れを惜しむかのように船上からの風景を撮影する人もいた。

私の想いでは、さよならは交しても、街の記憶はいつまでも残り続ける。幾多の人々に刻まれた航路の記憶も同じだろう。連絡船の岸壁はテープと蛍の光が流れる光景はなぜか、心に残っている。船を介する光景は今も映像のように残っている。

2019.12.07 | | 日記



⚪⚪力

20191207080819c03.jpg飾り物にもある⚪⚪力
Date:2019-12-07(Sat)

寒い冬の部屋に注ぎ込む日なたぼっこ、気持ちがいい。キャンピングカーの醍醐味でもある。半年前の北陸、敦賀を離れて半年。大津にすむようになって太陽のありがたみを感じ、その上、移動したところでの贅沢でもある。「⚪⚪力』をよく目にするが、太陽力ほどのものはないとも。文字のもつ力もすごい。

ところで、世界的医学者の野口英世に宛てた母シカの手紙が最近、書道界から注目されているそうだ。たどたどしい書体で、「うまい」とは言えないものの、自分の思いが文字に表れていることが評価されているという。

「はやくきてくたされ はやくきてくたされ いしよ(一生)のたのみてありまする」。一節に、こう記された手紙には長い間、会うことができないわが子に一目会いたいという気持ちが切々とつづられている。

1912年に書かれた現存する唯一の手紙で、英世の生家がある猪苗代町の野口英世記念館に展示されている。英世は手紙を受け取ってから3年半後、米国から15年ぶりに帰国し、シカとの再会を果たした。

100年たっても手紙からあふれる思いは色あせない。書も文章も技量より思いが人の心を捉える。

2019.12.07 | | 日記



中村哲医師

201912060546026cb.jpg琵琶湖大橋の朝日
Date:2019-12-06(Fri)

西高東低、日本海側は雪、琵琶湖の南部は晴れた。昨日は大阪の関電病院を訪れた。息子の見舞いだ。耳の手術を一昨日、受け経過は良好のようだ。

ところで、医師と言えば、スーパーボランティアというか、これほどの日本人がいただろうか。乾いた大地を恵みの水で潤し、緑の農地に変えた。アフガニスタンで、かんがい事業に取り組む中村哲医師が、殺害された。

中村さんは、戦乱と干ばつで土地も人心も荒れ果てた国で、1600本の井戸を掘り、用水路を築いた。用水路の取水口に導入したのは、江戸時代に各地に築かれた堰(ぜき)の工法だ。

アフガン政府からも顧みられない貧しく、治安の悪い村で進めたかんがい事業、政府関係者さえ恐れて近寄らないという村の指導者たちが、はち切れんばかりの笑顔で、穏やかにほほ笑む中村さんを囲んでいる。これほどの人物がいただろうか。合掌

2019.12.06 | | 日記



「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産推薦

20191204233436e58.jpg日本初の世界遺産、法隆寺
Date:2019-12-05(Thr)

昨日は寒かった。西高東低の天気、北陸では雪の便りが。ところで縄文という言葉には、北の民を象徴する響きがある。なかでも三内丸山遺跡は、青森県青森市大字三内字丸山にある、縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡。その生活の豊かさには驚かされる。弥生時代にはない、どこか生活のに心の豊かさを感じる。

「北海道・北東北の縄文遺跡群」という名称を目にする。

この地域一体の遺跡群、4道県の17遺跡で構成され、2021年の世界文化遺産登録を目指している。来年2月までの推薦に向け、準備は大詰めだとか。

過去の国際会議などで「シンプルであるべき」「地名は『北日本』の方がよい」との指摘を受けたことを踏まえた対応だというが、せっかく耳になじみ始めた名称をなぜ今になって変えようとするのか疑問に思え縄文を主題に据えた上で意味を補足するための副題を付けたり、「先史」「農耕以前」などの言葉に置き換えたりする案のあるとか。

世界遺産的には縄文は馴染みにくいかもしれないが私たち日本人には縄文、弥生は大きな文化だけにはずせない。

名称は年内には決まるとも。

2019.12.04 | | 日記



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プロフィール

furaibo

Name : furaibo
【経歴】
1952年 四国高松市生まれ
1976年 神戸商船大学卒
1976年 日本原子力発電勤務
1999年 敦賀市議会議員5期20年
2019年 フリー
【家族】
妻、息子2人、孫3人

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